陸上を極めたくて②
こんばんは、電話の着信音が鳴ったと思ったら、実はテレビのドラマやアニメの中の着信音だったってこと、よくありませんか?
こんにち、LINEやSNSが連絡手段の主軸なものですから、電話が来ると、緊急事態かと思って息を呑んでしまうんですよね。
それはさておき、昨日に続いて、
高校時代の陸上を回顧していきます! Part2
高2のインターハイ予選を前に盲腸になって入院してしまった僕ですが、退院後、とにかく焦らずに身体を戻していこうと顧問の先生と相談のもと二度目の東北新人に照準を当てて練習を再開しました。
県新人ではなんとか1位を死守するも、容易く破れていたはずの2分の壁にまた閉ざされました。
それでも、あくまで照準をその後に当てていたからでしょうか、東北新人でなんとか1分58秒まで戻しました。昨年、ガチガチに緊張していましたが、落ち着いて走ることができましたし、これなら確実にインターハイは目指せると思いました。
さて、怒涛の2年目シーズンが終わり、入院前とほぼ同じ走力まで戻した僕は、1年目のオフシーズンの反省をしました。
そうすると、持久力の無さが浮き彫りに。
800m選手には、400mと兼ねる『短距離型』と1500mと兼ねる『長距離型』に大きく分かれます。
もともと僕は中1以来「自分は800m一筋でいく」と1500mから逃げるように400mと一緒に800mを走っていたものですから、とにかくスピード重視で持久的な練習をほとんどしていませんでした。しかし、その割に800mをカバーできるだけのスピードが足りていなかったのです。
顧問にも指摘され、まずは「朝練で30分だけでもいいからジョグをしろ」と言われ、実行に移しました。そして午後の練習は主に短距離ブロックの練習に混ざりました。
スピードと持久力の両立を図ったのです。
ちょうど、陸上の他に3月にピアノリサイタルを控えていて、ピアノの練習時間も削るわけにはいきませんでした。しかし、部活が終わって夜に帰って来ると近所迷惑であまりピアノの練習ができません。
そこで僕の11月から3月までの一日の日程はこうなりました。
4:30 起床
4:50 ジョグ
5:30 朝飯
6:10 学校へ、到着したら音楽室でピアノの練習
8:00 授業
20:00 部活が終わって帰宅、ピアノの練習
21:00 夕食
22:30 睡眠
睡眠時間を削っては陸上の練習に支障が出るので、限られた時間の中陸上とピアノに時間を充てました。何より雪国で、冬。暗いし寒いしで朝起きるのも億劫で、6時間では全然眠った心地がしませんでした。
そんなこんなで冬も終わりました。あっという間だった…なんて嘘。辛すぎて長い冬だと思いましたよ。あんな生活二度としてやるものか。
ピアノリサイタルも無事成功を収め、3年生の初戦は横浜に遠征し、4月の日体大記録会に出場。
いきなり、1分56秒0台の大幅更新。フィニッシュタイマーを見た瞬間、唖然としました。これでも全然足の張りもないし、あまり息も上がってないし、大学側が計測し間違えたんじゃないかという失礼なことさえ考えました。
そうして迎えた県総体ーー
1分53秒57
信じがたいタイムでした。2分をやっと切るほどのタイムでしか走れなかった自分が1分53秒…このタイムを自分が持っていいものか気掛かりになるほどでした。
この大会では、自分も走ったマイルリレーで秋田高校が優勝。これも自分の800m同様、自らの予想を超える快勝で、陸上をやってきて一番充実した大会でした。
インターハイ予選はラスト勝負に負けて2位でしたが、僕の目標はいつしか『インターハイに出ること』から『インターハイで勝つこと』へ変わっていたのだのです。
↑今よりちょっとごつかった三浦。
はい、今日はここまで!!
思い出話にここまで付き合っていただき、ありがとうございます、本当に😌
次回は、インターハイの悲劇、大学で陸上を続けるきっかけとなった出来事、そして今に到るまで話します。
ここまででかなりざっくり話しているものですから、いかにも『三浦天道だけがメインキャラの物語』みたいですが、もちろん、ここまでたどり着くまでたくさんの方との出会いや協力、切磋琢磨、衝突などがありました。この回顧録が終わった後は、自分がいかにこのような道を歩んだのか、失敗と成功の要因、人との付き合い方など様々な視点から話していきたいと思っております。
そんな上手い話ができるかどうか自信はありませんが。。。
ではまた次回!!